スウェーデンのダチョウ倶楽部は、毎年燃える

クリスマスイルミネーションは誰かの涙でできている。
ここ数年、僕にとってのクリスマスは、イルミネーションを見ながら1匹のヤギに思いを馳せるための行事になっている。
そのヤギはスウェーデンにいる。
その名も、「イェヴレのヤギ」。
毎年クリスマスに飾られる伝統の藁(わら)ヤギだ。
が、問題はここから。
このヤギ、ほぼ毎年燃やされているのだ。
この事実に、僕は涙を禁じ得ない。
伝統行事(炎上あり)
イェヴレのヤギ(正式名称:イェヴレボッケン)は、スウェーデン・イェヴレ市で毎年つくられる巨大クリスマス飾りだ。
藁でできたヤギで、高さ13メートル、重さ3トン。
ところがこのヤギ、初登場の1966年から、毎年のように放火されている。
なんならその年の運勢を占うように「燃えたか、燃えてないか」で語られるのだ。
関係者もあきらめが早くて、
どうせ燃えるから、燃えた後に備えて藁を注文しとこう
という危機管理体制が完成している。(なんでやねん。)
- 防火剤でガチガチに固めても燃える
- 防犯カメラを設置しても燃える
- フェンスで囲っても、超えて燃える
- 寒すぎて警備員が離れたスキに燃える
それでも、燃やされるヤギ、それがイェヴレのヤギ。
ここまでくると、「どうぞどうぞ」と言って炎の中に身を投じるあの人たちと変わらない。
そう、スウェーデン版ダチョウ倶楽部だ。
本人は悪くないのに燃やされる
たとえば2001年、アメリカから来た観光客が「ヤギを燃やすのは伝統だと思った」と言って放火し、有罪に。
でもこの人は、裁判でも悪びれなかった。
自身は”ヤギ燃し屋” (goat burner) ではないと主張し、ヤギを燃やすのは伝統で完全に合法なものだと信じていたと話した。ジョーンズは釈放されたのち、罰金を支払わないままアメリカへ帰国している
Wikipediaより抜粋
ヤギを燃やすのは伝統で完全に合法なものだと信じていたらしい。
そんなことある!?
燃やされてしまうYouTuberはヤギかもしれない
SNSで本人は悪くないのに炎上する人たちがいる。
過激なコメント欄、拡散する偏見、本人不在のまま勝手に論争。
そんな様子を見るたび、こう言いたくなる。
「あっ、この人イェヴレのヤギやな」
本人は何もしていないのに、勝手に燃やされるところをみて涙を禁じ得ない。
燃えても、なお飾られ続ける理由
なんで燃やされるのに毎年つくるの?
という声もあるだろう。でも、それが文化だ。
焼け落ちたあとに再建されるこのヤギは、
「失われても、また立ち上がることができる」という
スウェーデン的レジリエンスの象徴でもある。
燃えたあとに残るのは悲しみではなく、次なる挑戦への決意だ。
彼らはきっと今年も藁のヤギを作るだろう。そして、燃やされる姿を見ながら笑い、涙し、翌年への飛躍につなげるのではないだろうか。
さいごに
というわけで、クリスマスになるとスウェーデンの空の下で、
今年もまた、誰かが「火ぃぃぃ!」と叫んでるかもしれない。
イェヴレのヤギよ。
どうか今年は燃えずに、無事に年を越してくれ。
そして、炎上に疲れたあなたも。
たまには静かに、ただのヤギになっていいんです。
運営者のひとこと
スウェーデンの冬にそびえ立つ藁のヤギ。
燃やすなと言われれば燃やしたくなる、それが人類のサガなんでしょう。
この世界には、“笑ってはいけない文化遺産”みたいなものが確かに存在します。
そういう「何なんこれ?」に出会ったら、また白亜記で書きます。
誰にも頼まれてないけど。