沈黙で食ってく奴が、いちばんロックだった

最近、何かと“がんばれ”と言われる。
副業、SNS、勉強、運動──動け、発信しろ、成長しろ。
沈黙は、怠けとすら思われがちだ。
でもその日、目に飛び込んできたニュースに、目を疑った。
Spotifyで、無音のアルバムが再生されまくって、2万ドル以上を稼いだ人がいるらしい。
……無音?
つまり、再生ボタンを押すと、
何も聴こえない。ただ、それだけ。
それがヒットしたというのだ。
音楽って、音を鳴らしてナンボじゃなかったっけ。
でもそのとき、ふと思った。
もしかして、“何もしない”って、
いちばんロックな生き方なんじゃないか──と。
そいつの曲、全部“無音”やった
「Sleepify」というアルバムがある。
アメリカのインディーバンド、Vulfpeck(ヴルフペック)が作った、全曲無音のアルバムだ。

「Sleepify」は、アメリカのバンド・Vulfpeckが2014年にSpotify上で発表した“無音のアルバム”。再生回数に応じて得られる収益モデルを逆手に取り、約2万ドルの収益を得た実験的プロジェクトです。 Wikipediaで詳しく見る
再生時間は1曲30秒。音は出ない。ずっと無音。
タイトルは『Z』とか『ZZZ』とか、寝ることを連想させるものばかり。
で、それをSpotifyにアップして、ファンにこう呼びかけた。

寝ている間、このアルバムをリピート再生してくれ。
バンドのツアー資金にする!
最初にこれを見たとき、笑ってしまった。
寝てる間に、無音のアルバムを流す?そんなアホな。
でも、よく考えたら──アホやけど、めちゃくちゃ賢い。
Spotifyでは、1曲30秒以上再生されると収益が発生する仕組みらしい。
だから、無音でも“曲として成立”すれば、金になる。
結果、「Sleepify」は550万回以上再生されて、約2万ドル(日本円で200万円以上)の収益を叩き出した。
つまり彼らは、「寝てる間に何も流れない音楽」で、200万円を稼いだわけだ。
それを聞いたとき、心のどこかで拍手していた。
「うまいことやりやがって」って、ちょっと悔しい感じの拍手。
Spotifyは数週間後にアルバムを削除したらしいけど、
もう“伝説”は出来上がっていた。
「努力は報われる」とか言うてる間に、無音が流れてる
「努力は報われる」とか、「行動した者が勝つ」とか、よく聞く。
実際それは間違ってないと思う。
でも──Sleepifyの話を聞いたとき、ちょっと頭が混乱した。
頑張ってギターを練習したわけでもない。
歌詞を練って、何テイクも録音したわけでもない。
彼らがやったのは、「無音をアップロードして、それを回してもらう」っていう、
いわば“何もしない”ことだった。
それなのに、ちゃんと稼いでる。
評価されてる。むしろ、称賛されてる。
これってつまり、「行動しない」という選択が、
ある種の戦略として成立してるってことなんじゃないか。
もちろん、まったくの“怠け”とは違う。
ルールを読み込んで、隙間を見つけて、面白いアイデアに昇華してる。
でも……それにしたって無音て。
俺なんか、寝る前に「明日なに書こかな」って考えて、何も浮かばずに寝落ちして、
朝になって「また進んでない」って落ち込む日々やのに。
こっちは何かを出そうとして空回ってるのに、
向こうは何も出してないのにバズってる──そんな気がして、ちょっと笑った。
でもそれ、ズルちゃうで。美学や。
最初にSleepifyの話を聞いたとき、正直ちょっとズルいなって思った。
汗をかいてないやん、って。
努力せずに得してる感じ、ちょっとモヤっとするやんか。
でも、もう少し冷静に考えてみると、
これはただの「楽して稼いだ話」じゃない。
だって彼らは、Spotifyという仕組みを理解して、
そのスキマを“面白い形”で突いたんや。
やろうと思えば、30秒の無音をただ1曲アップして、
適当なタイトルでもつけときゃ金にはなったかもしれない。
でも彼らは、全曲に「Z」「ZZZ」「Zzzzz」みたいな名前をつけて、
“睡眠用アルバム”というコンセプトをちゃんと作ってる。
「音がないこと」をネタにして、逆に“音楽っぽさ”を演出してる。
そこには確かに、美学があった。
それに、ふざけてるようで、ちゃんと人を巻き込んでる。
「寝てる間に流してくれ」って言われて、
ファンがそれを実行したってことは、そこに愛や信頼があるってことや。
ズルって、信頼をすり減らすもんやけど、
このSleepifyには、むしろ信頼が集まってた。
もしかしたらこれは、
「音を鳴らさないことによって、音楽の意味を問う」っていう、めちゃくちゃロックな問いかけだったんかもしれん。

沈黙で食ってく奴が、いちばんロックだった
Sleepifyの曲を聴く──いや、“流す”と、
スピーカーからは何も聴こえない。
ただ、静寂があるだけ。
でもその沈黙の中には、
「おもしろいことを考えた奴がいて」
「それに乗っかって遊んだ人たちがいて」
「いつのまにか世界中に拡がってた」
という、めちゃくちゃ豊かな物語が詰まってる。
そこに鳴っているのは、もしかしたら“音”じゃなくて、“アイデアの余韻”なんやと思う。
なんでもかんでも頑張らなきゃ、とか
何か出さなきゃ、動かなきゃ、って焦ることもあるけど、
ほんまは、「黙ってること」そのものにも意味があるかもしれない。
黙って稼ぐ。
何も発信せずに、人の心を動かす。
それって、案外いちばんロックなのかもな。
──今日も、無音の曲がどこかで再生されている。