神々の美少年と部活帰りの汗を、同じペットボトルで飲んでいる。

冷蔵庫を開けると、だいたいアクエリアスが入っている。
正確に言うと「誰かが買ってきて、半分飲んで放置されたアクエリアス」が転がっている。
キャップをひねると「プシュッ」と……いや、そこまで派手じゃない。
「スッ……」とか「カリッ」ぐらいの、気のせいみたいな音が鳴る。
炭酸でもないのに、控えめに存在を主張してくる。
もしかしてアクエリアスは毎晩、自ら小さく呼吸してるのではないか?
僕が寝ている間に、ペットボトルの中でガニュメデス(後述)が「もう一杯いかがですか?」と耳打ちしているのかもしれない。
──すみません、いきなり神話を出してしまいました。
でもアクエリアスって、ただのスポーツドリンクじゃないんです。
名前の由来がめちゃくちゃ物語性に富んでいるんです。
どうも、てぃらのです。
ふだんは営業職で、電話口の相手に「いま立て込んでまして〜」と切られる役を担当しています。
打ち合わせではメモを取る係です。誰も頼んでないのに。
会社の冷蔵庫にはアクエリアスは入っていません。 代わりに、上司の機嫌が常温で保存されています。
学生時代はバスケ部でしたが、練習中にこっそり蛇口の水を飲んで怒られたタイプです。
そんな僕が、今さら「スポーツドリンク」について語ろうとしている。許してほしい。
だってアクエリアスのネーミング、調べれば調べるほど「美少年とブラック企業」なんですよ。
アクエリアスの由来とは?
さて本題です。
アクエリアスの由来はラテン語「Aquarius」、つまり「水瓶座」です。
星座占いで「ラッキーアイテム:アクエリアス」とか出てきたら笑いますけど、実際はギリシャ神話に登場するガニュメデスという美少年がモデル。
ゼウスに連れ去られて、神々にお酒を注ぐ役職についた──いま風に言うと「大企業にスカウトされた新卒が、いきなり会長の専属秘書にされた」みたいなものです。
もちろん残業代は出ません。
その姿が「水を注ぐ人」として夜空に固定され、水瓶座=アクエリアスになった。
つまり僕らが部活帰りにゴクゴク飲んでいるあの透明な液体の名前は、もともと「神にこき使われた美少年」から来ているのです。
蛇口から出るのは水道水か、神話か
小学生の頃、水道から直接飲むと「鉄っぽい味」がして嫌だった。
もしあの蛇口から出てきたのが水道水じゃなくて、ガニュメデスの涙だったらどうでしょう。
体育のあと、行列して紙コップで「美少年の涙」を分け合う。
……完全にアウトです。教育委員会が動きます。
でも神話的には「水を注ぐ」とはそういうことなんですよね。
神々は美少年の労働をすすりながら「うまいうまい」と宴会を続けた。
ゼウスよ、ブラック企業の走りか。
アクエリアス誕生の現実的背景
1983年、日本コカ・コーラが「ポカリスエットのライバルを作れ」という無茶ぶりを受けて誕生したのがアクエリアス。
当時はスポーツ科学がブームで、「運動中の水分補給=かっこいい」という時代の風が吹いていた。
で、ネーミング会議。
「汗」「イオン」「電解質」みたいな直球案が飛び交う中で、誰かが「星座から取ろうぜ」と言った。
その瞬間、会議室がざわついたと思います。
──「水瓶座って、なんか未来的じゃね?」
──「Aquarius、語感がいい!」
──「え、でも由来は美少年がお酌させられる話やで?」
──「……まあ日本人にはバレへんやろ」
こうしてアクエリアスは生まれました。
爽やかそうな顔して、裏にはギリシャ神話のブラック労働が潜んでいる。
まさにスポーツ界の社畜飲料です。

出典: コカ・コーラ公式「アクエリアス」
もしオフィスにアクエリアスがあったら
コーヒーは「考える時間をゆっくり味わう飲み物」で、
アクエリアスは「生き延びるためにごくごく飲む飲み物」なのだ。
ウチの会社は13:00〜15:00が会議タイムだ。
みんなコーヒーを手に持ち、少しだけ優雅な気分で会議に入っていく。
──けれど、会議が始まった瞬間にその幻想は砕かれる。
会議では発言が刺され、数字で突つかれ、冷や汗がダラダラ出てくる。
「コーヒー片手に落ち着いた議論を」なんて野望は、一瞬で蒸発する。
会議はスポーツらしい。
それなら、僕はアクエリアスを持ち込んで電解質を補給をしよう。
「いったんタイムアウト。水分補給いいですか?」
── これくらいの勇気を、会社は許してくれてもいいはずだ。
今の社会は乾きすぎている。
アクエリアスを飲むとは
結局、アクエリアスを飲むという行為は、
ギリシャ神話の美少年がお酌してくれる水を、現代のコンビニで129円で買うことなんです。
ゼウスが見たら腰抜かすでしょう。
「おい! わしが神の宴で独占した労働が、ペットボトルで売られとる!」と。
でも僕らは今日も、部活帰りに、仕事帰りに、喉を潤す。
そして知らず知らずのうちに、美少年の労働力を一口で飲み干しているのです。
思えば人生も同じです。
誰かが見えないところで注いでくれた水を、僕らは当たり前のように飲んでいる。
家族だったり、同僚だったり、コンビニのバイトだったり。
だから僕は、冷蔵庫の中で半分残されたアクエリアスを見つけても怒りません。
「誰かが途中まで潤された証拠」なんだから。
今日もキャップをひねる音がする。
それはきっと、神話の残響です。
──そう考えると、アクエリアスはただのスポーツドリンクじゃない。
人類が美少年とブラック企業の歴史を飲み干してきた液体なんです。
おつかれ、ガニュメデス。
君のお酌は、まだ続いている。