琵琶湖の水止めたろか? ─滋賀県民のプライドとジョークの深層─

Wikipediaはただの百科事典ではない。
俺にとってWikipediaは、知識の遊園地だ。
どれも日常ではまず話題にならないけど、 飲み会での「ちょっと面白い雑学」としてはちょうどいい。
そして、ある日。 「琵琶湖の水止めたろか?」 という記事を目にして、俺は飲んでいた麦茶を吹き出した。
滋賀県民が言い放つ、最強の捨て台詞
「京都なにイキってんねん」
「大阪またイジってきよったな」
そんなとき、滋賀県民が放つ伝家の宝刀——
「琵琶湖の水止めたろか?」
最強だ。
最強のパワーワード。
このフレーズだけで、関西広域の水道インフラを人質にとれる滋賀県民、強すぎんか?
でもこれ、単なるジョークでは済まない。
実際、琵琶湖の水は大阪・京都・兵庫など、 1450万人の飲み水になっている。
その水源を握るということは、 国家レベルの交渉カードを持っているようなもんだ。
本当に止めるんか?
実はこの話、半分ホントで、半分ウソらしい。
琵琶湖の水は瀬田川や琵琶湖疏水を通じて下流に流れるが、その水門(瀬田川洗堰)は国の管轄であり、滋賀県単独で操作はできない。

つまり—— 「琵琶湖の水止めたろか」と言いつつ、止められない。
止めれへんのかい!
しかし、止めようとする気概が尊い。
ここに、滋賀県民の矛盾と誇りが詰まっている。
プライドと被害者意識とちょっとのユーモア
「京都に近い」
「関西の通り道」
「観光名所は琵琶湖のみ」
こんなふうに揶揄される滋賀県。
でも、じゃあ誰が琵琶湖の水の恩恵を受けてると思ってる?
誰が関西の喉を潤してると思ってる?
滋賀県民にとって「琵琶湖の水止めたろか」は、 単なる脅し文句ではなく、 日々の鬱憤と誇りをユーモアに変える、魔法の呪文なのだ。
そして、俺は大阪でこの水を飲んでいる
今、俺は大阪に住んでいる。
蛇口をひねれば、当たり前のように水が出る。
夏も冬も、飲んで、洗って、流して、忘れている。
でもその水の向こうに、 「琵琶湖の水止めたろか」と笑って言える人たちがいる。
止める権限がなくたっていい。
むしろ「止められへんけど止めたろか」の矛盾こそが、 滋賀県民のユーモアと誇りの深みを物語っている。
表立って主張しすぎず、 でも芯には確かなプライドがある。
それを冗談に変えて、飲みの席で笑いに変える。
そんな滋賀県民のあり方を、 俺は今、コップ一杯の水を通して、ちょっとだけ尊敬している。