人生は、忘却のおかげで生きやすくなっている

僕の冷蔵庫にはプリンがある。
いや、あった。
食べようと思って買ったのに、仕事に疲れて帰るとビールを流し込んで寝てしまい、翌朝はバタバタして忘れ、また次の日も忘れ、気づけば2週間後に発掘されたプリン。
賞味期限はとっくに過ぎ、表面に見知らぬ星雲が浮かんでいた。宇宙(カビ)はここにあった。
でも人間は忘れるからこそ生きていける。
もし毎日プリンを冷蔵庫に入れたことを完璧に覚えていたら、僕は罪悪感で押し潰されていたに違いない。
プリンごときで人生を詰むわけにはいかない。だから脳みそはそっと削除してくれる。──まるで「深夜の記憶クリーナー」である。
どうも、プリンすら守れない男です。
僕は30代の会社員で、普段は契約書のハンコ欄とにらめっこしたり、Excelから「#REF!」と拒絶されたりして生きています。「お前、なんでこの会社にいるの?」と自分に問いかけても、答えが出る前にTeamsの通知が鳴る。そんな日々です。
でもね、人間は忘れる生き物だから、なんとか働けるんです。
僕の人生の忘却ハイライトを披露しましょう。
27歳、うんこ漏らした。
29歳、もう一度うんこ漏らした。
……これらを毎晩思い出してたら、僕はもう命が持たない。
だから忘れる。忘却は、防御スキルなのです。
今日のテーマ「忘却」
恥の多い生涯を送って来ました。
出典:「人間失格」太宰治
恥なんて、忘れなきゃ生きていけねぇよ!!!!
こっちは29歳で、うんこ漏らしてんだから!!!!
僕の恥は、いまだに布団の中で忍者のように寝首をかこうとしてくるけれど、脳みそが適度に記憶を削ってくれるおかげで、朝はなんとか会社に行けるのです。
人間の脳はスマホに似ています。
いちいち昨日のランチのメニューを覚えていたら、ストレージがパンパンになります。
「容量がいっぱいです」と表示されて、人生がフリーズしてしまう。
だから自動で消す。いらん写真とか、重すぎる動画(=黒歴史)とか。
便利ですね。
思い出せないのは老化じゃなくて、自動最適化なんです。
忘れるとは、脳内のゴミ箱を空にする行為。
でなきゃ、27歳のトイレ事件と29歳のトイレ事件が24時間再生され続けることになる。
もはや拷問だろ。
忘却曲線とか、テストの赤点とか
心理学者エビングハウスが有名な「忘却曲線」を発表したのは19世紀。
人間は学んだことの半分を1日で忘れるらしい。

学生時代「昨日勉強したのにもう忘れた!」は正常運転だったのです。
テストで赤点を取ったとき、先生は叱ったけど、あれは人類の仕様です。
神経科学的にも、忘却は「脳のシナプスを刈り込む作業」だといわれます。
つまり、人間の脳は庭師みたいなもの。
雑草(不要な記憶)を刈らなければ、バラ(必要な記憶)も伸びない。
だから「全部覚えている」という人がいたら、それは庭がジャングルになっている状態。
逆に生きづらいのでは?
歴史的にも、忘却は人間社会を支えてきました。
戦争の記憶、失敗の経験、裏切りの痛み。
全部忘れなければ、次の一歩は踏み出せなかったはず。
「赦すことは忘れることだ」と言った哲学者もいます。
忘れることは、人類が進むための免罪符だったのです。
そういえば、僕のゲームを借りパクしたKくん。
未だに許せないのは、忘れられない思い出だったからなんですね。
腑に落ちたわ。
マジで許せねぇわ、あいつ。
長期記憶に移行してるから、一生許せないのかもしれない。
酒は忘却力を加速させる、あと恋愛
人間関係は「都合よく忘れる力」で維持されている。
飲み会で「お前、酔って変なこと言ってたぞ」と言われるアレ。
大丈夫です。忘れてます。
忘れてるからまた誘われる。
もし鮮明に覚えてたら、恥ずかしくて一生参加できない。
恋愛もそうです。
失恋したとき「一生忘れられない」と思っても、半年後には新しい人を好きになってる。
あれは脳みそが「お前、生き残れ」と命じて忘却ボタンを押してるんです。
サバイバルAI搭載してんだ。優秀。
恥を忘れて、人は歩く
冷蔵庫のプリンを忘れたからこそ、僕は今日も新しいプリンを買える。
27歳でうんこ漏らしたことを忘れたからこそ、29歳でもう一度チャレンジできた。
恥の記憶を適度に手放すことで、人間は明日に進める。
もしも人間が「完全記憶」を持っていたら?
それは地獄です。
失敗が24時間上映され続ける「脳内シネマパラダイス」。
上映中止のボタンは押せない。
そんな人生、やってられない。
だからこそ、忘却は「生きやすさの技術」なんです。
僕らは忘れるからこそ、もう一度笑えるし、もう一度歩ける。
それはまるで──賞味期限を忘れたプリンみたいに、少しカビててもまだ人生を食べられるってことなのかもしれません。
恥を忘れて人は歩く。
神よ御照覧あれ。これが、忘却という芸術です。