電車の中吊り広告に、俺たちのすべてが吊るされている

ある朝、通勤電車に乗っていた。
満員。ギュウギュウ。俺は牛か。
スマホを開く余裕もなく、ふと見上げると――「AGA治療」の広告が目に飛び込んできた。
うるさいわ。俺はまだいける。鏡見ろ、ツムジ健在や。寝ぐせで誤解するな。
でもこのとき、気づいてしまった。
この電車、悩み広告まみれやんけ。
吊るすな。俺の不安を吊るすな。
電車の吊り広告って、だいたいこんな感じや。
- AGA治療、今なら初月980円
- 医療脱毛、もう剃らない人生へ
- 任意整理で借金リセット!
- まだ独身のあなたへ。婚活パーティー特集
……俺らのコンプレックス、吊るされすぎやろ。
もはや人類の悩みランキング1位〜10位まで、全部ここにあるやん。
俺の目に入ってくるのは、風景でもニュースでもなく、「自分のダメなところ一覧」。
目に入るのはAGA、脱毛、借金、婚活…
なんやこれは、人類の弱点カタログか?
吊り広告に囲まれてると、まるで「人間失格」を朗読されてる気分になる。
そしてあの字体。妙に安心感ある丸ゴシック体。
優しさの皮をかぶった商業的牙や。
「今のままじゃダメだよ♡」って言ってくる声が、脳内に鳴り響く。
朝から心に来るなぁ、これ。
「お前、今のままでええんか?」という圧
広告の中でも特に厄介なのが、ドア横に貼ってある意識高い系ポジションや。
- 未経験からエンジニアに!
- TOEIC対策、今がスタートの時
- 転職成功者の98%が読んだ一冊
通勤中に「今すぐ人生変えろ」って言ってくるスタイル。うるさい。
特に厄介なんが、「転職」×「英語」×「ITスキル」三種の神器な広告。
スキルアップ宗教の三大経典や。
しかもなぜか、成功者の笑顔が100点満点。歯、輝きすぎやろ。
ドアが開くときに「降りるなら今やで」って、転職を促されてる気分になる。
今の仕事にも人生にも、別に満足してるわけちゃうけどさ、
「朝から他人に人生変えろ言われる筋合いはねぇ」って、心の中で軽く怒る俺がいる。
「あなたの人生、5秒で変わります」って言われても、
今俺が変えたいのは、目の前のつり革の位置や。高すぎて肩吊るわ。
「鼻毛に革命を」──異物広告の愛しさ
たまに、おる。
この空間に不意打ちをかましてくる異分子たちが。
- 漢検準2級から始める“教養の旅”
- ペットの気持ち、わかります
- 鼻毛処理に革命を。
いや待て。
なぜ“革命”の対象が鼻毛なんや?
世界を変える気満々やん。俺、鼻毛で歴史動いたの見たことないぞ?
「ペットの気持ちがわかる」って書いてる広告、すぐ横にAGA治療の広告あるからな。
どういう精神状態で両方並べてんの?
「毛が抜ける俺」「毛の気持ちを理解する俺」──境界線がバグるわ。
革命系の広告、語彙のインフレが激しすぎる。
鼻毛に革命起こす前に、政治にもひとつよろしく頼みたい。
でもね、こういう広告、好きなんよ。
「お前だけはブレずにその路線で突き進め」って応援したくなる。
たとえ誰も見てなかったとしても、吊られてることに意味がある気がする。
吊られてるのは広告じゃない、俺たちや
朝の電車で、俺が見てるのは広告じゃなくて自分の不安やった。
「ハゲるかも」「金ないかも」「ひとりかも」「スキル足りないかも」
そんな“かも地獄”を、吊り広告が鏡みたいに映してくる。
朝7時半、眠気で思考は霧。
でも広告だけははっきり目に飛び込んでくる。
「今の自分、ちゃんとやれてる?」って、文字が問いかけてくる。
この密室空間、もはや走る悩み掲示板や。
逃げ場はない。だって広告、全部上に貼ってあるから。見上げるたびに直撃。
ほんまの意味で吊られてんの、俺らのメンタルやで。
毎朝、自信と不安をぶら下げて、出勤してるだけや。
さいごに
でもさ、そんな広告にちょっと救われてたりもする。
「俺だけじゃないんだな」とか、
「よし、やるか」とか、
朝の5秒間で人生の方向がふらっと変わったりもする。
正直、電車広告ってうるさい。
でも、うるさいからこそ、届いてしまう。
俺は「まだ大丈夫」って思いたいし、たまには「変われるかも」って思いたい。
それが、たとえ広告のキャッチコピーであっても。
それが、たとえ「鼻毛革命」だったとしても。
今日も誰かの「変わりたい」が吊られている。
明日も俺は、それを見上げる。
俺はまだ、AGAじゃない。けど、人生変えてやろうとは思ってる。