すき焼き、鍋論争に終止符を打つ夜。

鍋界のベビーバス、すき焼き
ある日の夕食前、妻が言った。
「今夜は鍋にしようか」
「いいね、すき焼きにしよっか」
……ん?
すき焼きって、鍋?
白菜、ネギ、豆腐。
具材は鍋っぽい。
でも、あいつ“焼く”気満々の顔してない?
鍋って本来、煮込み料理やろ。
火にかけた鍋に、野菜や肉を順番に放り込むタイプのやつ。
一方すき焼きは──
- 牛脂を引く
- 肉を焼く
- 味をからめる
- 最後に他の具材が「ついで」に入ってくる
この流れ、焼肉寄りでは?
そして何より──
鍋が浅い。
すき焼き鍋、他の鍋に比べて圧倒的に浅い。
「足湯か?」ってぐらい浅い。
それでも鍋と呼ばれるなら、お前は“鍋界のベビーバス”や。
そんなこんなで、夫婦のあいだに火種が灯った。
「これは鍋なのか、否か」
150年越しの論争に、決着をつけたいと思う。
名前の由来と誤解の始まり
すき焼きの由来は、農具の「鋤(すき)」を鉄板がわりにして肉を焼いた、という説が有名だ。
しかもそれは、肉食タブーをかいくぐるための裏技だったらしい。
江戸時代、仏教的な思想から肉食が禁じられていたが、鋤で焼くことで“料理じゃない”とごまかしていたのが語源なんだとか。
つまりスタートは堂々たる“焼き物”なのだ。
にもかかわらず、現代では「鍋料理」の代表格として認識されている。
なぜや。
鍋料理の定義に、すき焼きは合ってるのか?
広辞苑ではこう書かれている
鍋のまま食卓の上にのせ、煮ながら食べる料理
つまり、“煮ながら囲む”という点で見れば、すき焼きはれっきとした鍋であるらしい。
なるほど、理屈はわかる。
でもちょっと待って。
すき焼きって、「焼いてから煮る」やん?
関西のすき焼きなんて、「煮る」のフェーズすら怪しい。
ずっと焼いてる。たまに煮てる。
鍋というよりライブパフォーマンスや。
世間は「すき焼き=鍋」と思っている
だが、世間の意識は揺るがない。
「すき焼き=鍋」は、もはや国民的常識らしい。
【人気投票 1~32位】鍋料理ランキング!みんながおすすめする鍋の種類は?
1位:すき焼き 84点
(みんなのランキング)
……お前、王者か。
寄せ鍋や水炊きと並んで、“鍋界の横綱”みたいな顔してランクイン。
君、焼肉に「裏切り者」って言われてないか? 大丈夫?
しかもNHK『きょうの料理』でも「すき焼き鍋」って名前で堂々紹介されてる始末。
社会的地位:鍋(公式)
歴史的出自:焼き(非公認)
芸能界で「歌手です」って言ってるのに、出身はお笑い養成所みたいなもんやな。
すき焼きには“演出”がある
定義で言えば鍋。
でも食べる体験としては──ちょっと違う。
- 焼く→煮る→卵にくぐらせる
- 浅い鍋で、肉をステージのように扱う
- 「今日はすき焼きやで」と言われるとテンションが爆上がりする
それはもう、“イベント”や。
普通の鍋が「日常」なら、すき焼きは「祝日」。
もはやジャンルが違う。
分類は鍋でも、文化は独立国家。
すき焼きは、鍋料理に“国境をまたいで参加してきた存在”やと思う。
すき焼きは、鍋ではない。すき焼きである。
鍋か、鍋以外かで言うなら──
鍋ではない。
でも、「鍋じゃないから劣ってる」なんて話ではない。
むしろ、鍋の枠に収まりきらないからこそ、
すき焼きはここまで国民に愛されてきたのかもしれない。
その味も、食べ方も、名前すらも、
唯一無二の“すき焼き”という存在を示している。
俺は、卵とともに敬礼する
割り下に沈んだ肉を、卵にくぐらせて食べた。
──やっぱり、うまい。
そして俺は今日も、すき焼きという名のイベントに参加する。
「俺は鍋ちゃう、すき焼きや」って顔してテーブルに君臨してるその存在に、
俺は卵とともに敬意をもって迎えいれたいと思う。