その三角に、愛はあるんか

ホテルのトイレで三角に折られたトイレットペーパーを見るたび、僕は思うのです。
──これは誰が、何のために?
なぜ折る。何を表現してる。だれ得。
その折り目が、幾何学的に美しく尖っていればいるほど、僕の心には謎が積もる。
しかも使用直後のあの無垢な三角、どう見ても「最初に使ったやつ、俺やん」って印がつくようになっている。そんな責任を負わされる覚えはないんだ。僕はただ、静かに済ませたいだけなのに。
しかもホテルに限らず、最近じゃ職場のトイレでも三角折りを見る。
あれか、礼儀の高度成長期が来たのか。
どうも、てぃらのです。会社員です。
日々、スーツの襟をピシッと立てて商談に挑み、トイレの個室でGoogleカレンダーを眺めて「詰みやな」とつぶやく、そんな生活をしています。
トイレは神域です。社会に揉まれて消えそうな僕が、ただ一人に戻れる唯一の場所です。そんな場所で、出迎えてくるんです、三角が。
ピラミッドか。第三の目か。お前が俺の中にある“人にやさしく”を試そうとしてくる。
ちなみに僕の会社にも“折る係”がいます。掃除の方が心をこめて丁寧に折ってくれている。たぶんあの人は、家でも味噌汁の上に三つ葉を置くような人です。だって三角の角度が、日によって違うんです。
今日は90度。昨日は鋭角だった。機嫌が読めるトイレットペーパー、すごいな。
「三角折りって、衛生的にどうなの?」という話、ありますよね。
「便座に座る→用を足す→トイレットペーパーを三角に折る→手を洗う」 この順番、どうなんだと。
いや、手を洗ったあとならいいんだけど、そこの信頼関係はフワッとしている。完全に個人に委ねられている。
誰が折ったか分からん三角を触るのは、ちょっとだけ勇気が要る。
けど僕は思うんです。
衛生の話って、「気にしだすとどこまでもいける」ジャンルなんですよ。電車のつり革とかエレベーターのボタンとか、アレのほうがよっぽど雑菌だらけ。でもそこには折り目がないから、気づかないだけなんですよね。
そう、三角とは「人の手を感じさせる装置」なんです。形になって残っているからこそ、人の存在を意識させられる。
誰かが、あなたのことを思って折ったかもしれないんです。 ──そう、まだ見ぬ“次の人”のために。
突然ですが、図形でいちばんエモいのって、三角形だと思いませんか?
四角はしっかりしてるし、丸はやさしい。
でも三角はどこか不安定で、でも芯がある。人間関係みたいです。
あと、アイドルグループもだいたい三人が一番バランスいいんですよ。
ツッコミ・ボケ・無口。いるやん。そういうの。
家庭もそう。父・母・子。過不足ない。
三角には、完成された“最小構成”の美があるんです。
そしてトイレットペーパーが三角に折られているのは、単なる礼儀じゃなくて、“美しい構造を一筆書きするため”の意志かもしれない。
たぶん、これは紙の祈りです。紙だけに。
トイレットペーパーの三角折り、英語で言うと「toilet paper point fold」とか「hospitality fold」と呼ばれています。直訳すると「おもてなし折り」。
起源はホテル業界。19世紀末、アメリカの一部の高級ホテルで始まったという説があります。主な目的は「清掃済みのサイン」だったとか。
つまり、「ちゃんと清掃されてますよ!」という証を、紙で示していたんですね。
また、日本では“もてなし文化”と相まって、「お客様を迎える心」の象徴になった。今や家庭でも折る人もいる。
いったいどこまで、礼儀は紙に宿るのか。
しかしこの文化、ネットでは賛否両論です。
「ありがたい」「やさしさを感じる」「きれい」 「衛生的に不安」「気を使う」「プレッシャーがすごい」
まさに、紙一重です。……いやほんとに紙だけに。
トイレはすべての人が、一人になることで「対話」を始める場所。
便意と共に、良心が試され、リズムが生まれる。
そしてそこで目に入る、たった一つの三角形。 それは、社会からあなたへのメッセージです。 「あなたのあとに、誰かが使う」という当たり前を、紙が代弁してくれているのです。
「紙を三角に折るだけで、なんか心が整う気がする」 ──そんな日が、確かにあります。
もちろん、折らなくてもいい。 折らないほうが清潔かもしれない。 でも、たとえばホテルでそれを見たとき、誰かがあなたの存在を想定して、そっと折ってくれていたとしたら──
それはきっと、小さなやさしさです。
だから、僕も折るようにしています。 「誰かのあと」に、折る。 「誰かのまえ」に、折る。
これはきっと、紙でつなぐ、無言のバトン。
そう考えると、トイレットペーパーって、意外とエモいですね。
──というわけで、今日も僕は、 だれか知らない人のために、紙を三角に折ってから個室を出るのです。
少なくとも、社会にはまだやさしさがある。
便座の上で、それを信じています。